FullSizeRender




僅かですがネタバレ部分があります。許せる方のみ読み進めて下さい。


なんだこれは……
驚いた。"元アイドルの書いた短編集"そんな前知識でぼんやりとページをめくった先にあったのは、愚かな人間の感情の機微を俯瞰で見守る慈悲に溢れた作品の数々だった。

SKE48の人気メンバーとして活躍していた当時の彼女を知っている人ほど、この作品の奇妙さに驚くに違いない。
前々からブログの文章やインタビューの受け応えにセンスのある方だなと思っていたけれど、ここまで才能のある方だったとは。

語りたい事は山ほどあるが、今回は特に"刺さった"「拭っても、拭っても」について語りたい。

冒頭、今からデートへ向かうであろう可愛らしい女の子を見かけた主人公ゆりの、心の中での一方的なイチャモンから始まる。踵の絆創膏が滑稽で不衛生。
心の中で文句を言うだけでは収まらず、その後の友人との食事の席でもその話題を持ち出し文句を言う。


見ず知らずの、自分より年下の女子の身なりをここまで執拗に気にするのは何故?
赤の他人の行動にめくじらを立てるこの人の方がよっぽどみっともないのでは?と、
読みながらゆりへの嫌悪感が募る。この主人公、苦手かもしれない。
そんな中、ある食べ物をキッカケに、絆創膏への執着の原因となった思い出がゆりの脳裏によぎる。

あぁ、そういう事だったのか。
全てがストンと腑に落ちて、さっきまで嫌悪感さえ抱いていたゆりをギュッと抱きしめたくなった。

昔、誰かが「何も悪い事をしていないはずの人間に苛立ちを感じる時は、その人を羨ましく思っている時だ」と言っているのを聞いたことがある。
ゆりの苛立ちは正しくそれで、絆創膏の不恰好さなんて全く気にしていない女の子と、その絆創膏を目にしても不快感を示すどころか寧ろそれを愛おしく感じるであろうその彼氏の事が羨ましくて仕方がないのだ。


もう必要が無いと分かっていても身体に染み付いて離れなくなった習慣とあの日鋭く突き刺さった心の傷が、拭っても拭っても拭い去れない自分の一部となる。事は違えどこの感じ、誰しも一度は味わった事があるのでは?
この嫌にこびりついて離れない呪縛から逃れるのには結構精神力が要る。心も身体も元気でないと。


ゆりが元気になっていくキッカケは些細な出来事だけど、これから先も見守っていきたい……続きを見せてくれ!そう思える可愛らしいラストになっている。是非読んで欲しい。

収録されている短編は、印象的な「食べ物」のシーンがあるという点以外は全く違った雰囲気の作品が揃っている。官能的だったり、ホラーテイストだったり。
しかしどの作品でも人物の迷いや悲壮感を描くのが上手く、自己の奥底にある負の感情が共鳴するのを感じる。自分の中にもあるんだ、こういう気持ちが……。
自分を俯瞰で見ているようで楽しく、ページを捲る手が最後まで止まらなかった。何とも楽しい読書体験だった。


松井玲奈という人の新たな魅力に気付かされた。この人の事をもっと知りたい、そう思った。

まりねら